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清明節
お墓を清め、祖先を供養する日です。

魏(220〜265年)・晋(265〜420年)の時代に、旧暦の3月3日と定められ、近年、清明節の祭日を統一するために、新暦4月5日に改められたものです。

大人も子供も家族みんなで祖先の墓へ行き、線香をあげ祖先を供養します。そのため、清明節のことを「掃墓節=お墓を清める日」とも言います。

また、別名「踏青節」とも呼び、清明の頃になると暖かくなり、新緑が芽生え始めるので、人々は緑の若草を踏んで凧揚げをしたりもします。
 「清明刮了墳上土、大風刮到四十五」と言う言葉があります。「清明節に大風が吹けば、45日間風が吹く」と言う意味です


端午節
端午の節句の起源は文字通りで、端はことの始まりを意味し、午は陰の反義語で、太陽を表し夏の始まりを意味します。

5月は別名百毒月ともいわれ、この頃は丁度二十四節季の夏至に当たり気温も上昇し、蚊や蝿が繁殖し、人も病気になり易いので、病気に注意をしなさいと言う警告もあったようです。

香りの強い菖蒲(しょうぶ)や、よもぎの葉を家の前に飾るのも、これらの病や邪悪なものを避ける為のお払いのようなものです。

また、この日は戦国時代の偉大な愛国の詩人屈原の命日です。
屈原は楚の国の大臣でしたが、ある時、楚の国の王の前で秦の国の主張に抵抗し団結するよう述べた為、口の上手な家来の誹謗と迫害に遭い、追放されてしまいました。
屈原が追放されている間に、秦に攻められ楚の国が滅びてしまい、これを聞いた屈原は嘆き悲しみ、汨羅江(現在の湖北省にある河)に投身自殺してしまいました。
これを知った農民たちはもち米を竹筒に入れ、あの世でも空腹にならないようにと河につぎつぎに投げ入れたそうで、これが「粽」の始まりです。また、竜舟競漕(日本にもあるドラゴンボートレース)は農民たちが、次から次へと舟を漕いで屈原の遺体を捜そうと競ったことが起源です。